22歳でフリーランスプログラマーになった理由を、今の場所からさかのぼって考えると、退職を促されたことだけが理由ではありませんでした。もちろん大きなきっかけではあったけれど、それ以前から、自分は会社員よりも Project P の考え方に沿った働き方の方が合っていると感じていました。
いまの自分の中心には Project P がある
今の自分は、Project P を軸に動いています。About me にも書いている通り、P には Present、Pleasure、Point P の3つの意味があります。
- Present:どんな人にも与えられるプロジェクトでありたい
- Pleasure:関わる人へ喜びや楽しみを共有したい
- Point P:動き続け、変化し続ける存在でいたい
この3つは、サイト用に後付けした言葉ではなく、かなり前から自分の中にあった人生のモットーです。誰かに決められた形にきれいに収まるより、自分で考えて動かし、改善し続ける方が性格的にも合っていました。
そこから経歴をさかのぼると違和感の理由が見えてくる
About me の History をさかのぼると、2025年11月に Discord サーバーを始動し、同年12月26日にプロp先生 ver.1.0.0 を出し、12月30日に Project P のサイトを開設しています。この時点で、もう「自分で作って、自分で動かしていく」方向へかなり気持ちが寄っていました。
その前には YouTube チャンネル「向上工場」を始めていて、さらにその前は営業支援の仕事を1年やっていました。運転や営業先の選定をする中で社会の動きは見えたけれど、自分の中では、与えられた枠の中で動くより、仕組みを作る側にいたい気持ちの方がずっと強かったです。
フリーター時代も、完全には離れなかった
営業支援の前には、卒業後に同じ職場で2年間フリーターをしていました。さらにその前は学生時代に3年間アルバイトをしていて、働くこと自体が嫌だったわけではありません。むしろ、自分なりに真面目に向き合ってきた方だと思います。
ただ、ずっとどこかで「このまま誰かのレールに合わせ続ける働き方は、自分の欲望の方向と少しズレている」という感覚がありました。何かを改善したい、作りたい、動かしたいという気持ちの方が、自分の中心にあったからです。
高校では情報工学科で、卒業研究も作る側だった
工業高校では情報工学科にいて、卒業研究では PHP でお問い合わせフォームを実装し、それを LINE Bot に通知する仕組みを作りました。今の仕事に直結するような派手な成果ではないけれど、「こう書けばこう動く」が積み重なってひとつの仕組みになる感覚は、その頃から変わらず好きでした。
学んだ内容そのものよりも、入力したものが挙動として返ってくる感覚、自分の考えがそのまま形になる感覚に、ずっと引っ張られていた気がします。
もっとさかのぼると、入口は Minecraft mods だった
プログラミングを始めたきっかけは、Minecraft の mods を作ってみたかったからです。最初は「これを作りたい」という欲望が先にあって、ちゃんとした成果を生み出せたわけではありませんでした。
でも、自分の中ではそこがすごく大きかったです。何かを完成させた達成感よりも、「こう書けばこうなる」「ここを変えたらどう動くんだろう」と実験する時間そのものが楽しかった。あの感覚があったから、うまくいかない時期があっても、プログラミングそのものは嫌いになりませんでした。
退職を促されたことが、感覚と現実を一致させた
そして社会人になって、躁うつの影響もあり、退職を促されました。これは苦しかったし、きれいな話にはできません。ただ、その出来事によって、自分の中で前から感じていた「会社員よりも、自分で動く働き方の方が合っている」という感覚が、現実と一致しました。
Project P の3つの柱を人生のモットーとして持っていたこと、会社員の形に完全には馴染みきれなかったこと、そして退職を促されたこと。この3つが重なって、「じゃあ、自分でやるしかない」と腹が決まったんだと思います。
22歳でフリーランスになった理由
だから、22歳でフリーランスプログラマーになった理由は、単に退職を促されたからだけではありません。もっと前から積み重なっていた自分の性格、作ることへの執着、Project P の思想があって、最後に退職促しがそれを確定させた、という方が正確です。
会社員を否定したいわけではないです。ただ、自分にとっては「己の欲望を、動かすPへ。」という生き方の方が自然でした。Minecraft の mods に憧れて、うまくいかなくても実験が楽しかった頃から、その方向はたぶんずっと変わっていなかったんだと思います。